研究紹介

角南グループ/進化合成生物学グループ  グループリーダー:角南 武志(すなみ たけし)

研究の概要

『創ることを通して、生命を理解しよう』

この地球上にどのようにして『生命』が誕生したのでしょうか。それは私たち人類にとって最も興味深い謎の一つと言えるでしょう。原始地球環境下に存在した様々な化合物が、何の設計図もなしに適当に組み合わさった結果として、果たして生命としての特徴を有した『原始生命』は誕生し得るのでしょうか(下図)。科学の飛躍的な進歩により、生物の体内で行われている様々な反応の理解が進んできました。しかし、かつて地球上で起きたであろう非生命から生命への変遷過程に関しては、まだ明らかになっていません。その大きな理由の一つは、生命の誕生が何十億年という遙か昔の出来事であり、現存する手がかりから推測することが困難なためです。

そこで私たちは、実際に自分で創ってみるという『構成的手法』によって、生命らしさの再現及びその理解に取り組んでいます(下図)。Bottom-upの手法として、それぞれに異なる特性を持った既知の物質をどのように組み合わせれば、生命の特性が再現されるのかを調べることを通して、生命誕生の理解を試みています。

具体的には、私たちは生命の最小単位である『細胞』を人工的に創ることに取り組んでいます。この人工細胞を構築するためには、内包物が外界に漏れ出さないための『器』、自分の特性を子孫に受け継ぐための『遺伝情報』、遺伝情報をもとにして機能分子を合成するための『代謝系』という、3つの構成要素が必要となります(下図)。私たちは『器』としては脂質二分子膜小胞であるリポソームを、『遺伝情報』としては核酸であるDNAやRNAを、『代謝系』としてはタンパク質の合成に必要な物質を全て含む無細胞転写・翻訳系を用いています。

『人工細胞モデルとしてのリポソーム』

この地球上に生命が誕生する上で『器』は必須要素の一つであったと考えられます。器の存在によって、内包された物質は外界へと拡散することなく高濃度に保たれ、その内部で自己の複製に必要な様々な代謝反応を行うことが可能になります。私たちは『人工細胞の構築』を目指すにあたり、生命の器として脂質二分子膜小胞(リポソーム、下図)を用いた研究に取り組んでいます。リポソームは細胞のモデルとして広く研究に利用されており、以下のような特徴を持っています。

 【リポソームの特徴】
  • 生物の細胞膜と同じように、脂質の二分子膜からなる器
    (細胞のように、膜タンパク質を器に組み込むことができます)
  • 脂質膜でできた器の中に微量の水溶液を内包
    (細胞のように、内包された水溶液中で様々な生化学反応を行うことができます)
  • 人工的に容易に大量調製可能
    (当研究室で主に用いている手法では、1度に1億個以上作れます)

私たちは細胞と同様のμmサイズのリポソームを人工細胞の器として用い、以下のような特性を持たせることに取り組んでいます。

  • 代謝:リポソーム内で生化学反応を再構成
    (自分自身を複製するための部品を、人工細胞内で作る必要があります)
  • 栄養獲得:リポソーム内へと反応に必要な成分を供給
    (人工細胞内で反応が継続するためには、外部から栄養を獲得する必要があります)
  • 進化能:遺伝子変異と機能選択の繰り返しによる進化
    (実際の生物のように、置かれた環境に応じて進化してゆく能力を持たせます)

研究内容の詳細

『代謝』

生物は自分自身の存在を維持するために、さらに自分自身の子孫を生み出すために、その細胞内で様々な生化学反応を行っています。人工細胞を生命に近づけるためには、生物と同じように細胞内で様々な物質を作る必要があります。そこで、私たちはリポソーム内で以下のような生化学反応を再構成してきました(下図)。

◆蛍光タンパク質合成

(Yu et al., JBB, 2001)

DNAからmRNAを合成する転写、mRNAからタンパク質を合成する翻訳は、生命にとって重要なセントラルドグマの中核となる生化学反応です。私たちは転写や翻訳のために必要な成分を全て含有した反応液である無細胞転写・翻訳系をリポソームに内包することで、リポソーム内でDNAからの緑色蛍光タンパク質(GFP)合成が可能であることを示しました(下図)。この研究成果により、リポソーム内で転写・翻訳を利用した様々な生化学反応を行う道が開かれました。

◆酵素合成、基質分解

(Hosoda et al., Langmuir, 2008)

(Sunami et al., Methods in Molecular Biology, 2010)

酵素は生体内で様々な生化学反応を触媒する重要なタンパク質です。私たちは無細胞転写・翻訳系をリポソームに内包することで、酵素であるβ-ガラクトシダーゼやβ-グルクロニダーゼがリポソーム内でDNAから合成され、合成されたこれらの酵素により基質分解が起こることを示しました(下図)。これらの酵素は無蛍光の基質を分解して緑色蛍光物質を生じるため、蛍光を指標として反応が起こったかどうかを調べるためのレポーター遺伝子としてよく利用されています。

◆翻訳カップリングRNA複製

(Kita et al., Chembiochem, 2008)

DNAやRNAなどの遺伝情報分子を複製する反応は、生物が自己の遺伝情報を子孫に受け継ぐために必要不可欠です。私たちは遺伝情報分子としてRNA複製酵素遺伝子がコードされたRNAを用いることで、自己の遺伝情報(RNA複製酵素)に基づく遺伝情報分子(RNA)の複製をリポソーム内で行うことを可能にしました。このRNA(+鎖RNA)を無細胞翻訳系と共にリポソームに内包することで、+鎖RNAからRNA複製酵素が合成され、合成されたRNA複製酵素によって相補的な塩基配列を持つ-鎖RNAが合成されます。さらに、RNA複製酵素によって-鎖RNAから+鎖RNAが合成されることで、自己の遺伝情報分子が複製されます。この翻訳カップリングRNA複製反応を内包したリポソームは、生物と同様に遺伝情報分子の複製能を持つため、生物にとって重要な『進化』という現象を調べるためのモデルとしての利用が期待されます。

◆膜タンパク質合成

(Fujii et al., PNAS, 2013)

細胞は細胞膜という境界によって自身と外界を隔てていますが、外界と物質や情報のやり取りを行う上で、その膜上に組み込まれた膜タンパク質が重要な役割を担っています。人工細胞を構成する部品としても膜タンパク質は非常に有用であり、私たちはリポソーム内での膜タンパク質合成に取り組んできました。小孔を形成する能力を有したα-ヘモリシンをリポソーム内で合成して、外液から物質を取り込むことを可能にし、さらにはα-ヘモリシンの遺伝子を改変することで機能改良にも取り組みました。

◆蛍光セルソーターによる集団解析

蛍光セルソーターとは、個々の細胞の特徴(大きさや構造、蛍光標識由来の蛍光強度)を高速に測定し、その情報に基づいて目的の細胞だけを分取することができる装置です(下図)。水溶液中の細胞を非常に細いノズルに流して個々の細胞にレーザー光を照射し、そのとき発生する前方散乱光、側方散乱光、または複数種類の蛍光を同時に測定します。このようにして細胞集団の特徴を個別に解析する手法をフローサイトメトリーと言います。蛍光セルソーターは数多くの細胞を個別かつ高速に測定することができ、最新の装置では1秒間に数万個の細胞を測定・分取することができます。

『栄養獲得』

人工細胞が外界から完全に隔絶されていると、初めに内包された物質を使い尽くした時点で生化学反応が起こらなくなります。人工細胞を生命に近づけるためには、その内部で生化学反応を継続する必要があり、そのためには外界から反応に必要な物質を取り込む必要があります。そこで、私たちは以下のようなリポソーム内への栄養供給手法を検討してきました(下図)。

◆膜透過や小孔を介した物質のやり取りを利用

(Nishimura et al., Langmuir, 2012)

(Nishimura et al., RSC Advances, 2014)

一つ目の手法として、リポソームが脂質膜で囲まれた器であり、境界である脂質膜自体の選択的な透過性を利用することを考えました。疎水性の低分子は脂質膜を透過しやすいのに対して、DNAやRNA、タンパク質のような巨大分子は膜を透過しづらいため、リポソームの内部に酵素などの巨大分子を保持しながら、外部から反応に必要な低分子成分を供給することができます。私たちはリポソーム内で無細胞翻訳系を用いた緑色蛍光タンパク質(GFP)合成を行う際に、外部から反応に必要なアミノ酸(タンパク質の材料)やNTP(エネルギー源)を供給できることを示しました(下図)。そして、今までは電荷を有したアミノ酸やNTPは脂質膜を透過しづらいと考えられていましたが、リポソームを調製した際にそれらの物質を取り込む能力がかなり高いリポソームが一部生じることを明らかにしました。現在、ペプチドや膜タンパク質によって形成される小孔を介した物質供給にも取り組んでいます。

◆リポソーム融合を利用

(Sunami et al., Langmuir, 2010)

(Caschera et al., Langmuir, 2011)

二つ目の手法として、リポソーム同士が融合して中身が混ざり合うのを利用することを考えました。この手法の利点は、脂質膜や小孔を透過しづらいタンパク質などの巨大分子でも、リポソームに内包してエサとして供給することができます。さらに、人工細胞の器を構成している脂質分子を、リポソームの融合により供給することもできます。私たちはプラスおよびマイナスの電荷を有した両親媒性物質を外部から添加し、二種類のリポソームを反対の電荷を持つように修飾することで、それらの融合を誘導するという手法を用いました(下図)。そして、融合の結果として互いの中身が混ざり合い、タンパク質合成反応が起こることを示しました。この手法を用いることで、人工細胞に対して無細胞転写・翻訳系の各種成分や器を構成する脂質膜を供給できると期待しています。

『進化能』

様々な環境に適応して進化する能力は、生物らしさを特徴づける重要な性質の一つです。遺伝情報分子を複製する際に適度なエラーが生じることで遺伝情報が多様化し、自身の遺伝情報に基づいて機能が発現し、生き残るという環境による選択圧を経て、より優れた生物へと変化してゆくことができます。私たちは無細胞転写・翻訳系を内包したリポソームを人工細胞モデルとして用いて、生命の進化を模した実験系を構築することに取り組んできました(下図)。この系では、個々のリポソーム内でDNAからタンパク質が合成されます(遺伝情報に基づく機能発現)。合成されたタンパク質の機能を蛍光強度と対応づけておくことで、蛍光セルソーターによる選択が可能となります(機能選択)。選択されたリポソーム内からDNAを取り出し、PCRによりDNAの増幅あるいは変異導入を行います(遺伝子変異)。このサイクルを繰り返すことで、生命の進化を模擬します。

  • リポソーム:μmサイズの微小な器
  • 蛍光基質付きタンパク質:個々の器の内封液量を評価
  • 遺伝子をコードしたDNA:遺伝情報分子
  • 無細胞転写・翻訳系:機能分子を合成するための反応液
  • 蛍光セルソーター:リポソームを機能に基づいて選択
  • PCR:遺伝情報分子の増幅および変異導入
◆遺伝情報分子数が進化に及ぼす影響

(Sunami et al., Anal Biochem, 2006)

(Uno et al., Chembiochem, 2014)

現存する生物は遺伝情報の数を厳密に制御する機構を持っています。それは生物が自分の遺伝子を子孫に受け継ぎながら進化してゆく上でも重要な仕組みです。しかし、そのような洗練された機構は進化の過程で獲得されたもので、地球上に原始的な生命が誕生した頃にはまだなかったと推測されます。それでは、原始的な生命はどのようにして進化することができたのでしょうか。私たちは人工細胞を用いた進化のモデルを用いて、遺伝情報分子の数が進化に及ぼす影響について調べてきました。その結果、個々の人工細胞に内包された遺伝情報分子の数が少ないことが、進化において機能を欠失した遺伝情報分子が淘汰されるために重要であることが分かりました(下図)。さらに、人工細胞内に複数の遺伝情報分子が内包されて、進化において重要とされる遺伝子型と表現型の対応関係が弱い環境下でも、遺伝子変異と機能選択を繰り返すことで遺伝情報分子が進化し得ることを実証しました。これは、遺伝情報分子の大部分が遺伝子変異により機能を欠失した結果、機能を有した遺伝情報分子の数が減って個々の人工細胞内に約1分子となるためであり、遺伝子型と表現型の対応関係が進化の過程で自発的に強まることを示しています。つまり、原始的な生命が遺伝情報分子の数を制御する機構を持っていなかったとしても、このような仕組みによって進化することができたと推測されます。

◆進化分子工学的手法によるタンパク質の機能改良

(Nishikawa et al., Anal Chem, 2012)

(Fujii et al., PNAS, 2013)

リポソームを器として生命の進化を模したこの実験系は、工学的にタンパク質の機能改変を行うためにも使用することができます(Liposome-based in vitro compartmentalization)。これは『進化分子工学』と呼ばれる手法の一つであり、(1)遺伝子変異の導入により多様な遺伝情報を生み出し、(2)個々の遺伝情報から機能分子であるタンパク質を合成し、(3)機能がより向上したタンパク質の遺伝子を選び出します。この(1)~(3)のサイクルを実験室内で高速に繰り返すことで、望む機能を有した改良タンパク質を新たに創出します。私たちのリポソームを用いた実験系には、以下のような特徴があります。

  • 微生物を使用した方法とは異なり、生物にとって有害なタンパク質も機能改変できます。
  • 蛍光セルソーターを使うことで、高速に(秒間2万個以上)機能選択を行うことができます。
  • リポソームを反応場として使うことで、膜タンパク質の機能改変にも応用できます(Liposome display)。

私たちは今までに、β-グルクロニダーゼと呼ばれる基質分解能を持つホモ四量体酵素や、α-ヘモリシンと呼ばれる小孔形成能を持つ膜タンパク質の機能改良に取り組んできました(下図)。この手法を利用することで、他の種類の酵素や膜タンパク質も機能改変できると期待されます。