研究内容

代謝を計測する。解読する。シミュレートする。活用する。

生物は細胞内の代謝機能を通じて糖などを分解し、生存に必要なエネルギーを取り出し、同時に新たな細胞を構築するためのビルディングブロックを生合成しています。この中枢代謝は生命の基幹システムであることから、生物のいろんな機能に深く関わっています。例えば、がん化した細胞で特異的に活性化している代謝経路は、新たな治療標的になると期待されています。酒造や製パンに使う出芽酵母の発酵能は中枢代謝の機能そのものです。また、われわれは中枢代謝を改変してバイオ燃料となる2,3-ブタンジオールを大量生産する酵母株を作成しました。このさらなる改良にも代謝の理解が重要になります。
そこで、我々は

を開発しています。これらの代謝計測技術を用いて我々自身では

を行っています。今後も時々刻々と変化する細胞内多階層システムを計測する技術の開発を進め、得られた計測データをビッグデータとして統合し、蓄積、処理、分析活用するための技術開発を行います。 中枢代謝はほとんどの生物が共通して持っており、我々が開発している代謝計測技術はどのような生物種にも適応可能です。代謝に関心がある多くの研究者の皆さんとのコラボレーションを楽しみにしています。

生体分子計測技術の開発

代謝システムの理解には、酵素反応速度を記述するミカエリス・メンテン式に出てくる代謝物濃度([S])、酵素タンパク発現量([E])、代謝フラックス(v)の計測が必要です。

細胞内の代謝物濃度を測定する

代謝システムの理解にむけて 代謝中間体の細胞内濃度(M)を測定しています。一方、濃度値をメタボローム分析技術や質量分析装置を用いて測定する課題は、安定同位体標識内部標準物質が入手困難な点にあります。そこで、出芽酵母を用いた調整法を活用しています。今後もより正確に代謝物濃度を測定する技術の開発を続けます。

細胞内の酵素タンパク質発現量を測定する

中枢代謝経路にかかわる酵素タンパク質は総計で100個程度です。LC-MSを用いた定量プロテオミクス法が、これらの発現量を一斉に測定する現在最もスマートな方法です。そこで、我々は酵母、大腸菌有用物質生産微生物の中枢代謝酵素タンパク質の定量プロテオミクス法を開発してきました。今後はより高精度にタンパク質を測定する技術の開発を進めていきます。

細胞内の代謝の流れ(フラックス)を測定する

代謝経路の化合物の流れを代謝フラックスと呼びます。しかし、代謝フラックスの変化(代謝リプログラミング)を直接測定するのは困難です。そこで、我々は清水浩教授(大阪大学)からのれん分けをさせていただいた 13C代謝フラックス解析法をがん特異的代謝の解析に細胞など動物培養細胞などに応用しています。最近は中枢代謝中間代謝物の高精度計測技術を島津製作所と共同で開発し、がん細胞内の中枢代謝経路の流れを詳細に測定することに成功しました。

 

データ解読技術の開発

統計解析や既存の知識をもとに、データから断片的な手掛かりを見つけ、データを解析しながら仮説を立てて壊すという作業を続けていきます。ある時、いままで見落としていた意外な因果関係にはっと気づき、すべての手掛かりがいままでとは違った意味を持つようになる。大発見。というようなことが起こります。このような発見を助けてくれるデータ解読技術の開発に取り組んでいます。

定量データの理論的解読

代謝を取り扱う化学量論、熱力学、化学反応速度論などの理論的手法があります。代謝物濃度をすると各反応のギブス自由エネルギー変化(ΔG0')を計算できます。そこでメバロン酸生産大腸菌の代謝物濃度を測定し、算出したギブス自由エネルギー変化から、メバロン酸生産速度を向上する効果的な代謝改変ポイントを同定することに成功しました。理屈をこねるといいことがあると実証しました。

多階層オミクスデータ解読技術の開発

データ解析の初期には、データを代謝マップ上に可視化し、統計解析を一通り試しつつ、データのミスを除くめんどくさい作業の繰り返しが必要です。そこでシステムバイオロジ―研究機構・島津製作所らと共同で代謝定量データを可視化、解析するツールをGARUDAプラットフォームで構築しています。

 

データ駆動型代謝シミュレーション技術の開発

生体分子間の相互作用は数式で記述できます。この数式を束ねた数理代謝モデルを作って、代謝システムの計算機シミュレーションをすれば、なんでもわかるのでは?と期待してしまいますが、これがむつかしいのです。各数式に出てくるパラメーターがほとんど不明なこと。代謝に関する定量データも乏しかったことが原因です。そこで、われわれの計測技術を活用して、データ駆動型代謝シミュレーション技術の開発を進めています。

代謝アンサンブルモデリング法の開発

実測した代謝物濃度、酵素タンパク発現量、代謝フラックスデータがあると、ランダムなパラメーターを持つ数理代謝モデルを大量に作ったり、モデルの予測力をテストできます。同じくらいの予測力を持つ数理代謝モデルを複数作成し、どの代謝酵素の発現量の変化が有用物質生産の速度向上に最も効果的か?予測させます。もし、複数のモデルが共通して同じ予想をした場合、その予想は確からしいと考えることができます。我々はUCLAのJames Liao教授らとデータ駆動型のアンサンブルモデリング法を開発しました。今後はこれをさらに発展させ代謝の数理モデリングに活用する手法を開発します。

 

がん特異的代謝のシステム生物学

がん細胞は取り込んだグルコースのほとんどを乳酸に変換して排出しています。がん特異的代謝として知られるワールブルグ効果は、エネルギー産生効率が非常に悪いにも関わらず、がんの旺盛な増殖力と関連しており、多くの謎が残されています。そこで、がん特異的代謝の意義をシステムレベルで再確認することを目指した研究を行っています。得られた知見は、効率的にがんの代謝を弱めるあらたな創薬ターゲットの発見につながることが期待されます。

中枢代謝のがん種間比較

がん細胞内の代謝状態の、特にフラックスレベルでの定量的な記述を試みています。金沢大学がん進展制御研究所の髙橋智聡先生らと、さまざまながん種、がん幹細胞などの培養細胞間で代謝状態を比較し、その共通性や多様性をまず明らかにしすることを試みています。

抗がん剤、代謝阻害剤に対する代謝アダプテーションメカニズムの解明

抗がん剤を処理したがん細胞では、代謝経路の切り替え(代謝リプログラミング)を通じて、その毒性を打ち消す耐性化機構を持っています。抗がん剤であるパクリタキセルを処理した乳がん細胞では、より多くのATPを効率的に生成する方向に代謝リワイアリングが起こり、パクリタキセルへの抵抗性獲得の一因になっていることを明らかにしました

 

出芽酵母株中心代謝の比較代謝システム解析

出芽酵母 Saccharomyces cerevisiaeには、実験室酵母、パン酵母、ワイン酵母、清酒酵母など、目的ごとに専用の株が存在しています。そこで、さまざまな酵母株の代謝状態を比較し、その理由を代謝のレベルで説明することを目指しています。また、真核モデル生物である出芽酵母の代謝をディープに解析し、ヒトなどと比較することで、生命の基本システムの動作原理の解明につなげます。

定量プロテオミクスによる出芽酵母株中心代謝の比較解析

定量プロテオミクス法は、中心代謝酵素タンパク発現量の一斉定量を可能とし、代謝システムの理解に革命を起こしています。そこで、出芽酵母1遺伝子破壊株や、実用酵母の中心代謝酵素発現量を測定し、比較解析を行いました。その結果、ミトコンドリアと細胞質に存在する酵素タンパク発現量がそれぞれ協調して制御されていること、酵素タンパク発現量の総量に上限があるらしいことなどを明らかにしました。

 

有用物質生産出芽酵母株の構築のための代謝システム工学

われわれは遺伝子組換え技術を用いて出芽酵母の代謝を改変し、バイオ燃料となる2,3-ブタンジオールを大量生産する酵母株を作成しました。しかし、エタノールほどはたくさん作ってくれず、その理由もわかっていません。バイオプロダクションの実用化確立を高めるためにも代謝システムの理解に基づく合理的な代謝経路の改変が求められます。

ブタノール生産酵母の代謝工学

代謝を合理的に改変し、バイオ燃料(ブタノール)を効率よく生産するに生産する出芽酵母株を、神戸大の石井純先生らと進めています。なかなかいい株を作ることができたのですが、これをさらに改良するには、代謝をイチから調べていい改変ポイントを同定することを試みます。

 

研究報告紹介

GC-NCI-MSを用いた糖リン酸の精密分析

Okahashi et al. Sugar phosphate analysis with baseline separation and soft ionization by gas chromatography-negative chemical ionization-mass spectrometry improves flux estimation of bidirectional reactions in cancer cells. Metab Eng. 2018 Sep 1;51:43-49.

糖リン酸は中心炭素代謝を占める重要な代謝物です。しかし、細胞内蓄積量が少ないうえに、構造が似た異性体が多数存在するため、糖リン酸の精密分析は分析化学上の困難な課題でした。我々は、島津製作所との共同研究でGC-NCI-MSという方法で糖リン酸を精密分析する方法を構築し、糖リン酸の高感度完全分離分析に成功しました。さらに、この方法をがん細胞の13C代謝フラックス解析に応用し、これまで不明であった核酸前駆体供給経路の可逆反応活性を正確に計測できました。

 

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